大正10年12月8日

更新日:2021年12月08日

12月8日(木曜日)、午前7時50分出勤。

加藤収入役が、病気が治って出勤した。収支計算は、次の通り引き継いだ。
11月15日から12月7日まで 収入金9,058円48銭 支出金6,230円29銭
以上町税
差引金2,828円19銭
他、台町の町税450円

以上を加藤収入役に引き渡した。

午前10時、高来神社において、今年の徴兵壮丁のための奉告祭があった。藤田町長が参加した。

午後1時頃、町長が来場した。

午後4時10分退庁。

午後7時来場。大演習と献穀粟の計算の件を協議した。出席者は、浅沼・郷土・奥山・三宅・二宮・渡辺・小見。藤田町長も参加。いろいろと協議し、午後11時半に散会した。茶菓子代は2円を新杵に注文した。

協議中に、地震があった。

解説

先月11月12日に再任されたものの、11月16日から欠勤し続けていた加藤収入役が、やっと出勤してきました。早速、収支を決算して、引き渡しています。

高来神社で行われた祭事は、翌日に入営する兵士たちのためのものと思われます。当時の徴兵令では、男子は満20歳になると徴兵検査を受け、合格した者の中からその年度に入営する者が抽選で選ばれました。正式な入隊は1月でしたが、前年同様、出発はこの時期だったようです(大正9年12月9日参照)。

また、6日の日誌の記事にも予定されていた「大演習」と「献穀粟」に関わる費用を計算する協議会が開かれています。「大演習」のためには、事前にさまざまな準備が必要でした。「献穀」も、耕作地に選ばれたことは町として名誉なことであり、栽培から収穫した粟を県庁へ持参するまで、さまざまな行事がありましたので、それなりの支出があったと思われます。今までの献穀粟に関する行事は、下のリンク先をご覧ください。

この日の夜、地震があったようです。助役の日誌では、関東大震災以外の地震の記録は少ないので、それなりに大きな地震だったのかもしれません。

献穀粟の記事

耕作者の決定
地鎮祭の実施
作付け状況の写真撮影
抜穂式
新嘗祭への献上
御供進証と銀杯の贈呈

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