大正15年1月5日
1月5日(火曜日)、休日。
午後6時26分、東久邇宮妃殿下が、山手の山下別荘に御避寒にいらしたので、停車場で奉迎した。
解説
100年前の当時、東久邇宮妃・聡子の夫(稔彦王)はフランス留学中で、聡子はまだ幼い子ども達と国内で生活していたためか、大磯には避暑・避寒のため何度も滞在した記録が残されています。なお、山下別荘(東小磯517)とは、実業家・山下亀三郎の別荘です。
1月5日(火曜日)、休日。
午後6時26分、東久邇宮妃殿下が、山手の山下別荘に御避寒にいらしたので、停車場で奉迎した。
100年前の当時、東久邇宮妃・聡子の夫(稔彦王)はフランス留学中で、聡子はまだ幼い子ども達と国内で生活していたためか、大磯には避暑・避寒のため何度も滞在した記録が残されています。なお、山下別荘(東小磯517)とは、実業家・山下亀三郎の別荘です。
更新日:2025年11月28日