大正15年7月17日
7月17日(土曜日)、午前8時5分出勤。
出勤途中、三宅隆吉氏の自宅を訪問し、藤兵衛氏も同行した。宮代新太郎氏の自宅も訪問し、鴫立庵後継者について報告した。
本日、小田原区才判所判事の勢尾僣氏が、横屋監督書記を連れて来場した。南部戸籍研究会主任の同町村長が当町役場へ出席し、陪審裁判の説明があった。小職は鴫立庵に出張のため欠席した。
午前10時、小職が鴫立庵に至り、鈴木・真壁両議員・三宅藤兵衛・宮代新太郎・原安民氏と面会した。種々相談の結果本月末日までに引払い、引受けることとした。午前11時に散会し、帰場した。
午後0時30分に退庁した。
解説
昭和3(1928)年から、陪審法が施行され陪審裁判が実施されましたが、5年間の実施準備期間が設けられていました。大正15(1926)年はこの時期で、各裁判所は担当の自治体に出向いて説明会を実施していたと思われます。
また、鴫立庵後継庵主について着々と準備が進められています。























更新日:2026年06月17日