大正15年6月25日
6月25日(金曜日)、午前7時30分出勤。
午前9時頃、渡辺廣三・霜島校長ならびに高麗邦道氏等と波多野訓導の件について、善後策の打ち合わせをしてみたが不調に終わり、本人の意向に任せることとした。
来る28日海水浴実行委員会を召集し、出方小屋掛を始めることや平塚高等女学校生徒の海水浴場更衣所天幕設置の件を協議した。書記の張千代吉氏には同日現場へ出張のことを知らせた。
午後3時から4時にかけて、波多野訓導の件について高麗氏と種々相談するも、これまた不調に終わった。
午後4時に退庁し、帰宅途中、小学校に立ち寄ってから帰宅した。
解説
昨日の波多野訓導の辞職願いについて、今日は霜島校長・渡辺氏・高麗氏と打ち合わせをしましたが、解決策が見つからず本人の意向を確かめることになりました。午後からも高麗氏と再度相談をしましたが、やはり結論が出ません。
また、海水浴場を始めるにあたって、実行委員会では協議する内容がいろいろ発生します。便所の設置も重要な準備で、今年は284円75銭の予算で業者に依頼しています。出方小屋とは、現在の海の家のことで休憩や着替え、食事が出来る場所です。当時はたくさんの出方小屋が建てられ、多くの海水浴客の対応をしていました。1年で一番忙しい稼ぎ時です。また、海開きが始まると、毎年一番最初に訪れる団体は平塚高等女学校です。現在の県立江南高校の前身で、当時は女学校でした。更衣所はしっかりと天幕の設置をしなければなりません。協議を終えたら当日のうちに現場を確認するようにと、張千代吉書記に指示を出しました。























更新日:2026年05月31日