大正15年1月26日
1月26日(火曜日)、午前8時50分出勤。
本日も柏木書記は病気で欠勤した。
本日、渡辺書記は戸籍の件について、平塚町役場ヘ出張した。
本日、東京在住の岡野節宛てに、金300円寄贈の謝状を出した。その内容は以下の通りである。
厳しい寒さの季節、お元気でお過ごしのこととお喜び申し上げます。ご尊父が生前の折には大変お世話になりました。小学校建設に関してはたくさんのご寄付を頂き誠にありがとうございました。お気持ちを末永く伝えるためにも、小学校の基本財産として生徒のために大切に使わせていただきます。失礼ながら、まずは取り急ぎ書面にて厚く御礼申し上げます。敬具
大正15年1月27日 大磯町町長代理小見忠滋
岡野節殿
本日、藤田収入役は第二宅地租徴収のため多忙を極めていた。
午後2時半頃、竹下監督から来る2月分給料の前借の申し出があった。
午後4時10分に退庁し、帰宅途中、小学校建築場へ立ち寄り、監督に面会してから帰宅した。
解説
大磯に本邸や別荘を持ち、町とかかわりのあった人物が亡くなると、職員の代表が町からの香典を持参し告別式に参列しました。また亡くなった方のご遺族からは、大磯町にお金や品物を寄贈されることがよくありました。12月22日に大磯で亡くなった岡野敬次郎男爵の娘である岡野節さんからの金300円の寄贈を受け、小見助役はお礼状を出しました。
また、竹下監督から給料の前借りを要求されました。昭和時代まで、お給料は現金で直接手渡しでした。お給料日が楽しみで、手にした時の封筒の厚みで、働いて得た給料の実感を味わうことが出来ました。2000年代から銀行のシステムの発達により、銀行口座への振り込みとなりました。便利になった分、印字された数字からはその実感は薄れてしまいました。100年前の当時は、給料の前借りもできた時代でした。























更新日:2026年01月08日