大正14年2月26日

更新日:2025年01月23日

2月26日(木曜日)、午前8時30分出勤。

午前11時頃、岩崎邸執事の萩原唯一氏が来場し、岡田町長に面会した。小学校新校舎二階建ての件について、主人である岩崎久弥の許可を得たので差し支えないことを伝えた。町長は会得した。

小生は二宮長松氏の自宅を訪問し、町役場敷地外借地料の件について面談した。役場に戻り、岡田町長に報告した。

本日は吏員一同、本年度(大正14年度)の予算作成で忙しかった。午後8時頃、ようやく各議員に頒布することができた。

午後6時頃、町長と共に退庁した。

解説

大磯小学校が現在地に移転したのは、明治34(1901)年です。当時は二階建ての近代的な校舎として有名でした。助役日誌の記録によると、大正12年に「大磯町立大磯尋常高等小学校」と改称し、同年2月には校舎の増改築が計画されました。敷地拡張のために三菱財閥3代目当主の岩崎久弥と中川嘉一郎両家と交渉を進めていたのですが、9月の関東大震災で校舎はほぼ倒壊してしまいました。校舎を新築するために一から計画の練り直しが必要となりました。その後、岩崎家と中川家との交渉を再開し新校舎の建設準備に取り掛かりました。その間、小学校の児童らは、海岸や寺社、別荘の庭などを借りて勉強をしていました。大正13(1924)年5月、陸軍のバラックの資材で造った仮校舎でようやく勉強が出来るようになりました。しかし、新校舎が出来るのは昭和5(1930)年とまだまだ先です。町としても小学校の新築は大事業となりました。

参考

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