大正12年9月15日

更新日:2023年09月15日

助役日誌

9月15日(土曜日)、午前8時出勤。

本日は雨のため、山口勝蔵氏の自動車小屋を借り受けて廉売所とし、米を販売した。

本日より一般事務を町役場前で行うことにした。

午後から警察署前の湯呑所を撤去し、その他の雑務に従事した。

午後7時頃、帰宅。

大磯警察署の日誌

9月15日(土曜日)豪雨

馬入川(相模川)通行止め
夜半より豪雨が続き、馬入川は約6尺(約180センチメートル)余り増水し、墜落した鉄橋に堰き止められたこともあり、上流の水量が増加して危険な状態となったため、午前8時に渡船を禁止した。午前11時頃、馬入川方面の堤防は今後1尺(約30センチメートル)の増水があれば、平塚・須馬方面が全て浸水する危険があるとの急報があったため、在郷軍人・青年団・消防組員に対し、命令があり次第、集合できるよう準備させた。

暴利者の説諭
大磯町の者で、ミルク及び薬品を高値で販売した者がいたため、取り調べた上で始末書を提出させ、厳重に注意した。

馬入川の警戒
正午、馬入川の堤防が決壊した。また、水門も破損したことにより、平塚町新宿で浸水が発生したと急報があった。署長はすぐに署員に命じ、大磯・平塚両町内より空俵全てを、800俵程提供させ、貨物自動車に積載して出動した。

馬入の浸水状況
馬入川はだんだんと増水し、増水量は約6尺となり、堤防3か所では、水面が堤防の高さと同じ程度まで達した。次第に堤防が破損、濁水が侵入し始めたため、署長は署員に対し、急いで付近の住民に告げ、軍隊の応援を求めた。原大尉が指揮する1小隊と付近の住民は、用意した空俵を土俵として破損個所の復旧に努めた。

署員の出動
人員は、北田・原田の両警部補及び巡査部長以下12名。午後1時、児玉連隊長ほか兵卒の1小隊が到着し、署員及び付近の住民と協力して浸水の防止に努めた結果、午後3時頃にようやく目的を達することができた。しかし、天候が悪いため、より一層堤防を強固にするための工事を続けた。午後12時頃よりさらに雨が強く降り、約2尺(約60センチメートル)余り増水したため、堤防が危険な状態となり、消防組員及び付近の住民に命じて、夜を徹して警戒に努めさせた。明け方になってようやく雨が止み、浸水を防ぐことができた。

巡回診療
前日に引き続き、無料診療の巡回をした。

無料診療の属託
前日、水島巡査の持参した薬品の一部を、大磯町の大槻医師に交付し、無料診療をさせた。

物価調節の掲示
先日以来、しっかりと監督していたが、いまだに不当の価格で販売する者があるため、さらに次の内容を管内各要所に掲示した。

「食料・日用品・その他の物を、震災前の価格より高値で販売したるものを発見した時は、直ちに警察に届出ること」

労働者の賃金調節
震災復旧事業が多忙なため、諸職人や作業員は不当な賃金を請求し、雇用主は急を要するため高い賃金を支払って雇う者がいる。また、平塚町方面には、作業員の請負業者がこの地方の復旧にあたっている者を、他の場所に移動させることもある。復旧事業の進行に支障をきたすため、各関係者を厳しく注意するとともに、次の内容を管内要所に掲示した。

  • 諸職人や人夫を雇用している者は、できる限り震災前と同じ賃金で雇用すること。
  • 不当な賃金を要求し、または不当な賃金を支払う者を発見した時は、警察に届出ること。
  • 当地方において諸職人及び作業員を募集する者は、願い出て許可を受けなければならない。違反者は処罰の対象とする。

無料宿泊と炊き出し
降雨のため、馬入川及び酒匂川の交通が遮断され、避難者は少なく、わずかに18名であった。炊き出しは、米1升(約1.5キログラム)。

署員激励の訓示
震災以来、署員の活動は、実に鬼神をも泣かせる様相である。連日連夜、一時として休むことなく、いずれも本署、または平塚警部補派出所・馬入巡査駐在所において救護救済の事務を取り扱い、少しもこれを苦とする者はなく、一般市民の感謝の的となりつつありことを承知している。署長はさらに激励するため、次の訓示を謄写し、署示号外として各署員に配布した。

<署示号外>
署員一般
有史以来の大震火災は、文明のほこる東洋の大都市を一夜にして焦土と化し、幾万の生霊を圧死、あるいは焼死させる惨状となった。管内各町村内の被害は驚くほどの惨害をこうむり、一時は人の力でどのように回復にあたるべきか疑われ、かつ、この間に流言飛語が次々と伝わり、人の心を惑わし、さらにその害を拡大させることとなった。署員各位は、家を失い、妻子の安否を顧みるいとまもなく、死力を尽くしてよく民衆の生命と財産の保護救済に努めた。中でも、烈風中7か所に発生した火災をも鎮火したことは、誠に稀有の行動と言うべきであり、機敏にしてかつ献身的な行動と粉骨砕身の努力は、深く民衆の信頼をあつくし、現下の状況は警察官でなければ、民衆の救済を成し遂げることができないとの想いを抱かせるに至っている。各位とともにこの上ない喜びを感じ、この信頼を持続させるために、苦心することを避けてはならない。

思うに震災事件は、その目の前の事項を処理して急ぎ救う応急の施設と、この復旧その他に当たり時間をかけて対処する施設との二つがある。警察は、本来、復旧に対しては消極的に関与するものであり、応急的な対応を担当するものである。郡町村もすでに活動を開始している今、これらの事項に関与する必要はないと思われるかもしれない。しかし、今回の災害は未曾有のことであり、その復旧は到底、一朝一夕にできる事ではない。であれば、各位はこの際、全力を尽くして郡町村当局と協力し、復旧事業に協力しなければならない。

さらに軍隊が引き揚げた後、警察署員のみで、完全に秩序を維持できる対策を、今から計画して確立し、戒厳中における完全な治安の保持に努めなければならない。各位はこの際、一層、義勇献身的な精神を発揮せよ。ともすれば連日連夜の活動によって、心身の安定を欠いていることもあるかもしれない。結果、民衆の対応にいら立ち、あるいは不親切となり、今までの努力によって得た信頼を水の泡にしないよう、深く注意せよ。そして、自分に厳しく正しい態度で、いやしくも民衆に指弾されるような立ち居振る舞いをしてはならない。

元来、警察官吏は民衆の手本となる精神の心と奉公の美学を持ち、各位が一時も怠ることなく活動している事実を疑う余地はないが、現状では心身ともに疲労し、常軌を逸する時期に来ていることもある。さらに注意を促すところである。

ここまで述べたような行動を努めるには、強健な体と健全な精神が必要となる。各位はよく健康に注意し、この多忙の秋に欠勤等のやむを得ない体調に至らぬよう、不摂生と不注意は厳に慎み、健康の保全に努めよ。各位の連日連夜、不眠不休の奮闘に対して謝意を表する。あえて、本署示をもって、さらに鞭撻する必要はないと思われるが、現下における警察官吏の責任の重さが大なるを見るにつけ、特に通達するものである。各位はこの趣旨をよく理解し、さらに一層、奮闘努力すること。
9月15日
署長

解説

注意

記事をお読みいただく上での注意点は、大正12年9月1日の記事にまとめましたので、ご覧ください。

助役日誌にはこの日の天候が雨と書かれていますが、かなりの豪雨だったことが警察署の日誌からわかります。大地震後、馬入川(相模川)の橋が倒壊して復旧作業も始まらない中、豪雨により堤防決壊の危険が迫り、大勢で大雨の中、土嚢を積む作業が行われました。増水による浸水の防止作業と決壊に対する警戒は、まさに時間との闘いです。雨が止む明け方まで続きました。

震災による災害、さらに水害による二次災害が起こったら大変です。警察署員・在郷軍人・青年団・消防組員・地元住民、多くの人たちが豪雨の中で必死に作業した様子が目に浮かび、未然に防げたことに安堵しました。

そのような事態に、緊急の対応と準備を指示した警察署長の判断は適切でした。さらに署長は、震災後休む間もなく安全と災害対応に向き合ってきた署員に対して、労いと感謝の意を表しつつも、さらなる激励を書面にして、署員へ配布しています。今までの疲労の蓄積を考えると、署員の体が心配になってきます。

小見助役たちは連日、米の廉売が続き、さらにたくさんの事務対応に追われています。日誌の記述が少ないことが、かえって雑務の忙しさを連想させます。

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