大正15年9月21日
9月21日(火曜日)、午前7時40分出勤。
午前9時から、税務署増築の材料検査を行うため、建築委員並びに森町長・長島主任書記が出張した。
本日、小職は旧中郡役所において奈珂中学校代議員会へ出席した。議題は育英学校債務継承にかかる起債の一時借入金承認についてだった。出席町村は大磯・神田・城島・比々多・高部屋・大根・土澤・北・西・東・国府・大野・成瀬・岡崎の14か町村だった。満場異議なく可決した。4,159円の費途と起債変換年度表を提出してほしいとのことだった。午後2時10分に散会し、役場に戻り町長に報告した。
本日、台町区長その他3名が町長に面会した。同町下水道の件について、長島権次郎・同常吉氏が反対を申し出てその説明をされた。
午後4時20分に退庁した。
解説
昨日、税務署増築請負人から材料の検査執行の申し出があったので、建築委員と関係者が出張して検査を行いました。大磯税務署の建築準備の始まりです。
小見助役は、奈珂中学校の件について旧中郡役所に出かけました。協議内容は「奈珂中学校」を継続するために一時金借り入れの承認を求めることでした。借り入れ金の返済を各町村で振り分け、大磯町の分担金は4,159円であり、その返済計画を提出することになりました。奈珂中学校は、現在の神奈川県立秦野高等学校の前身です。明治19(1886)年4月に、中等教育校として「三郡共立学校」が金目村に設立されたのが始まりです。その後学校の広域化・細分化・休校・廃校の変遷があり、その度に学校名が改称されてきました。多額の郡の補助金により「私立育英学校」として運営していた時代がありましたが、大正12(1923)年に郡制廃止となり補助金が打ち切られて経営困難になりました。また、9月の関東大震災で校舎がすべて倒壊してしまいました。当時教頭を務めていた大磯の妙大寺住職が、寺の本堂の一部を教室として開放し授業をしていたこともあります。学校経営と新校舎建築費用の解決策として、金目村他26か町村学校組合を設置し、共同で運営をすることになりました。大正15(1926)年3月、大根村に「中郡外26か町村学校組合立奈珂中学校」を設立することとし、新校舎が1棟完成したのを機に同年10月29日に開校式を行いました。
参考
鈴木昇『大磯の今昔』九、166~175頁























更新日:2026年08月28日