大正15年6月4日
6月4日(金曜日)、午前7時30分出勤。
本日、明日5日午後7時から学務委員会を開催すると通知を発した。
昨日雷雨の際、平塚町競馬場に落雷があり、1名亡くなったとのことだった。
本日、鉄道省の線路測量調査員が近日中町役場へ出張するとの通知が、中郡役所からあった。
午前10時から、中郡教育会役員会を中郡役所で開催した。郡役所廃止後、郡長の会長権が無くなったため、副会長を置く必要があることや、定款の改正等について、種々の意見があった。結局、副会長を設けることになった。町村長顧問として参加した。町村長側の出席者は、吾妻村長・国府村長・大磯町助役・伊勢原町長・金目村長・土澤村長・二宮長松・大貫彌七・秦野町長・豊田村長の10名だった。
午後1時半に散会し、同時に帰場した。すぐに警察署に向かい、佐藤署長に面会した。移庁式の件について県警務課の回答を聴取して帰場した。明日5日午後7時に臨時委員を小学校に召集し、県から回答と佐藤署長からの申し入れの件を相談すると通知した。
午後4時10分に退庁した。
解説
今日はまず、2日に県庁へ出向いたことで動き出した小学校の第2次工事に関する学務委員会の開催通知を出しました。
鉄道省の線路測量調査員が来場するという連絡も入りました。関東大震災による被災からの復興で、東海道線を走る列車は区間ごとに徐々に電化され、線路も改良されつつありました。町内を走る線路の調査が必要だったのかもしれません。
小見助役は、今日出席した役員会を「中郡役所で開催」と書いていますが、郡制は大正12(1923)年4月に既に廃止されており、残務整理のため残されていた郡長及び郡役所も、大正15(1926)年7月1日付で終了することになっていました。郡制の組織だった「中郡教育会」も、それに伴って改編が必要となったのでしょう。
また、署長に面会できたことで警察署移庁式についての回答が県から届いたことがわかりました。先に出した学務委員会開催の通知と合わせて委員を召集し、様々な事案をまとめて一気に進めたい様子の小見助役です。























更新日:2026年05月08日