大正15年5月24日
5月24日(月曜日)、午前8時出勤。
昨日、千葉県夷隅(いすみ)郡総元村より、轢死人の引き取りに来られた。昨夜火葬に付し、本日午前10時頃に引き上げた。
午後1時頃、中郡役所において町村長会長の上野豊三氏に面会した。昨日の郡廃後庁舎の件についていろいろ依頼した。あわせて大磯警察署の移庁式について、関係町村長に面会を求めた。旭村長は欠席だったため、小職は旭村へ出張し面会をした。また、三宅・二宮の両名は須馬・大野の両村長に面会のため出張した。
午後7時より小学校において、青年団主催による地中海の金塊引き上げ成功について片岡弓八氏の講演があった。小職は他村に出張のため欠席した。
午後6時に旭村より帰宅した。
解説
今日は小学校で講演会が開催されました。地中海の金塊引き上げに成功した片岡弓八は、香川県生まれの日本の船員・潜水士でした。明治時代、日本郵船は日露戦争で得た補償金をもとに15隻の大型船を建造しました。その後第一次世界大戦を契機に、世界一周航路・パナマ運河経由ニューヨーク航路・南米東岸航路・欧州航路地中海線など、13の遠洋航路を開設し、日本は米国・英国に次ぐ世界第3位の海運国として飛躍しました。第一次世界大戦中の大正4(1915)年12月21日に、大型船「八坂丸」が地中海でドイツ海軍に撃沈されて、金貨を積んだまま海底深く沈んでしまいました。片岡は、同年8月、潜水調査を行い金貨10万ポンド(現在の日本円で約23億円相当)の引き上げに成功しました。壮大な引き上げ成功の話に、聴衆は引き込まれた事でしょう。
参考
山田道幸『海底の黄金-片岡弓八と沈船・八坂丸』(講談社、1985年)























更新日:2026年05月03日