大正15年5月12日
5月12日(水曜日)、午前7時30分出勤。
本日、親展にて吉川理一氏より、小学校運動場使用料の請求があった。近いうちに、波多野訓導と相談して決める予定である。
本日、静岡県からの救助米代金3,750円(1俵につき15円の割合で、250俵分)を現金で金庫内へ保管していたが、その利子等金699円60銭を農工銀行平塚支店へ預け入れた。
本日、立替者の申出により、山中技師の帽子を東京の自宅へ送付した。
午後4時10分に退庁した。
解説
静岡県救助米とは、大正12年の震災時に静岡県から支給された米です。その米は無償ではなかったようで、震災後現金で精算したようです。
山中技師は、町が独自に水道を作ろうとした際に関係した人物です。結局、水道事業は水源池を確保できず中止となりましたが、彼の帽子が残っていたのでしょうか。わざわざ東京の自宅まで送っています。























更新日:2026年04月25日