大正15年4月27日

更新日:2026年03月31日

4月27日(火曜日)、午前7時50分出勤。

本日、渡辺戸籍主任書記は、小田原区裁判所へ家督相続の件で出張した。

本日午前9時から、小学校において、肺病予防デー宣伝の講演会があった。長島・加藤・中西の3名が出張した。

午後から、メートル宣伝活動写真を大磯町長・中郡長・警察署長の主催で、大磯座にて開催した。

明日28日午後7時に協議会開催の通知を町会議員に発布した。議題は、大磯銀行債権届出に関する件、火ノ見1ケ所改築の件、山中水道技師に関する件である。

午後4時に退庁した。帰宅途中、高麗邦道氏と共に、李王世子殿下の御別荘を訪問し、李王殿下薨去のお見舞いを申し上げた。

解説

李王世子殿下とは、朝鮮李王朝の最後の皇太子李垠(イ・ウン)のことで、別荘とは伊藤(博文)家から譲り受けた滄浪閣のことです。明治38(1905)年の日露戦争後、李垠は10歳の時に留学の名目で来日し、伊藤博文が養育を任されました。明治43(1910)年、日韓併合が行われると、日本の皇族に準ずる待遇を受け、大正9(1920)年には、梨本宮守正の第一王女方子(まさこ)と結婚しました。太平洋戦争後は、日本国憲法の施行により、皇籍・国籍を喪失、本邸(現在の赤坂プリンスクラシックハウス)を手放すなど、様々な苦難がありました。昭和38(1963)年に国交正常化交渉が始まると、韓国籍を回復し韓国に戻ることが出来ました。昭和45(1970)年、方子に看取られて72歳で亡くなりました。本日、小見助役と高麗神官は、李王殿下(李垠の異母兄純宗)が4月25日に薨去されたために、お悔やみに滄浪閣を訪れました。

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