大正15年4月16日
4月16日(金曜日)、午前7時30分出勤。
本日、県社会課の清水一郎氏が来場し、町民1名の軍事救護出願に関し実地踏査のため、渡辺主任書記と共に調査された。
午後1時、税務署へ出頭し、増築の件について署長に面談した。
午後2時頃、高麗邦道氏より明後18日の祭典通知を依頼された。栢木主任書記に命じて、町会議員・区長・各総代・警察署長・校長等へ通知を出した。
午後4時10分に退庁した。
午後7時、臨時町会を開催した。出席者は曽根田・小島・郷土・奥野・安部川・脇・小島玉・宮代師・三宅・宮代喜・山梨・柳田勇・渡辺・鈴木の14名だった。無事可決終了後、協議会があった。午後10時半に散会し、すぐに帰宅した。
解説
軍事救護とは、大正6(1917)年に制定された制度で、第一次大戦での傷痍軍人やその家族を救護する目的で作られました。町民1名の軍事救護出願があり、県の担当者が調査に来ました。運用にあたって、かなり厳格に調査している様子がうかがえます。
また、高来神社の春の大祭について神社から通知依頼を受けました。
参加者が少数で延期され続けていた臨時町会が、ようやく開かれました。























更新日:2026年03月19日