大正15年4月8日
4月8日(木曜日)、午前8時5分出勤。
本日、来る12日に町会開催の通知を発した。
午後1時、小学の新築講堂・教室電灯設備費金702円65銭の残金、102円65銭を香川四五一に支払った。
本日、鈴木梅四郎氏より、来る12日午後4時からの「観桜会」に招待を受けたが、あいにく12日は午後1時から町会を開催するので、欠席の回答をした。
本日、霧島校長が小学校器具費の突合せのため、来場した。
本日は、小巻請負人並びに松本弁作・小池儀三郎氏と共に、小学校の新築講堂・教室等の腰羽目変更箇所を実測する予定である。
午後4時10分に退庁した。
解説
小学校の備品・設備費の支払いはまだ続いています。今回は、電灯設備の支払いです。100年前の当時、電気は農村部を除き、都市部を中心に急速に普及し始めていましたが、一般家庭では、灯りとして1軒に1ソケットの電球だけしか割り当てられていなかったといいます。広い講堂内や各教室を照らす電灯設備は、最先端の設備と捉えられたことでしょう。しかし、一方でまだ変更があるのか、業者と共に「腰羽目(こしばめ)」の実測をするようです。「腰羽目」とは、壁の腰より低い部分で、主に窓台下の低い箇所のことです。
小見助役が出席を辞退した「観桜会」ですが、主催者の鈴木梅四郎は、長野県出身の実業家・政治家で衆議院議員を長く務めた人物です。ジャーナリストとして活動した時期もあり、医療制度の貧弱さを補う診療所を設立するなど社会運動家としても活躍しました。当時、彼の別荘は妙大寺南側にありました。敷地は別荘周辺(東小磯大門)から駅裏手に続く王城山・八俵山までと広大で、そこに多くの桜の木を植えて、花の咲く時期になると名士を招き、盛大な観桜会を開いていました。また、大磯町の遺跡保存や功労者の顕彰碑建立にも携わって「松本順謝恩碑」建立募金を集めたり、小学校に「鈴木梅四郎賞」を設けて教育の振興を図り、毎年選ばれた児童5名に銀製腕時計を贈ったりするなど、大磯の文化、教育、観光事業に尽力しました。























更新日:2026年03月03日