大正15年3月29日

更新日:2026年02月27日

3月29日(月曜日)、午前8時30分出勤。

午前11時頃、小学校に行き、霜島校長に面会した。三宅藤兵衛氏の依頼により、学用品の買い求めについて種々申し入れた。同時に御下賜材残り木の整理のため、竹下監督・松本辨作・多田吉蔵・石井某らと共に現場において調査をした。午前11時半頃、役場に戻った。

午後1時から、町会を開催した。報恩金の継続並びに奈珂中学校代議員の選挙を行い、満場一致で可決した。助役が当選した。同時に大磯小学校建築委員を召集し、精算について諮りたかったが少数のため流会となった。来る4月5日午後1時に召集する予定とし、午後5時に散会した。

本日、東久邇宮妃殿下が山下別荘へお越しになるため、午後6時25分に停車場へ奉迎した。

午後7時半頃に退庁し、帰宅した。

午後9時頃、地区衛生組長並びに委員の改正を行った。

解説

山下別荘とは、山下財閥創始者の山下亀三郎が所有していた別荘で、東小磯代官山の麓にありました。度々皇族たちが避暑避寒に訪れていましたので、立派な建物があったと思われますが、詳細な資料は残されていません。

那珂中学校は、現在の神奈川県立秦野高等学校のことです。明治19(1886)年5月に「三郡共立学校」が創立され、その後学校の広域化、細分化の変遷があり、学校名もたびたび改称しています。大正15(1926)年3月の時は、「中郡26ケ町村組合立育英学校」として平塚の金目村にありました。翌月の4月に「中郡26ケ町村組合立那珂中学校」と改称され、秦野の大根村に移転しています。組合立の学校なので26ケ町村で合同運営をしており、大磯の代表は、選挙により小見助役が選ばれました。昭和4(1929)年3月に、神奈川県立那珂中学校と改称、昭和10(1935)年11月、県に移管され、「県立秦野中学校」となり、「神奈川県立秦野高校」になるのは昭和23(1948)年のことです。

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