大正15年3月23日
3月23日(火曜日)、午前8時30分出勤。
午前10時頃から、役場の書類全部を倉庫へ移した。
午後から、梅田穀物検査員は私用で東京へ向かった。長島・中西の両名は種痘のため高麗へ行った。
本日、横浜に在住する廃物利用復興宣伝の村山良太郎より、焼継剤を金1円で購入した。
午後3時頃、竹下監督が来場し、明日の会議は欠席し、代わりに小学校当直に臨検の立会を依頼された。小巻請負人には面会しなかった。
午後4時10分に退庁した。
解説
年度末を迎え、役場の書類を整理したのでしょう。書類全部を倉庫に移動させました。
今日は「焼継剤(やきつぎざい)」を購入したと日誌に書かれています。「焼継剤」とは、陶磁器を補修する鉛ガラス粉の事です。江戸時代には「焼継屋」といわれる焼継師が、町を巡回して欠けた食器を直していました。鉛ガラス粉は七宝焼きに使われている材料で、低温でも溶けて耐久性も良く安価だったため、庶民に親しまれていたようです。明治になってからは磁器が大量生産されるようになり、徐々にその技術が衰退してしまいました。現在では「金継ぎ」が人気で継承されていますが、漆なども含まれる材料のため高級な補修方法です。当時の町役場では、庶民的な「焼継剤」を使って役場の食器を直していたことが分かります。























更新日:2026年02月26日