大正15年10月5日
10月5日(火曜日)、午前7時50分出勤。
本日、税務署未済材料検査に出張した。税務署建築に関しては、電線に接触しているため、税務署員並びに役場主任の長島書記が横浜に出張し、交渉する予定にして帰場した。
午後3時頃、県職員が来場した。明日、大磯小学校において度量衡器の検査を執行し、終了後に県の器具材料を秦野町に送る際の運賃は、町役場に支払いを依頼する、との申し出があった。ちょうど町長が不在だったため、町長に申し送りをしておいた。町長は不審に思っておられた。
午後2時半頃、鴫立庵主の件について三宅藤兵衛翁が来場した。しばらくして、同氏の帰宅後に、鴫立庵から返事が来た。その手紙には、三宅翁の言葉と相違点があった。
午後4時10分に退庁した。
解説
今日は、早朝から出かけた税務署の増築工事現場で、このままでは電線が接触することがわかりました。何が電線と接触しているのか、なぜこのような状況になったのか、詳しく書かれていないので分かりませんが、主任書記と税務署の担当者が横浜の監督局に出向いて、判断を仰ぎ対処するようです。
また、県の職員が来町し、明日小学校で度量衡検査を行うことになりました。度量衡検査は、法律に基づき、営業用の計量器を国の検定対象とし、地方自治体の職員が検査を行うものです。しかし、検査終了後、次の検査地(秦野町)への移動費用を大磯町で負担するように、と言ってきました。小見助役は、町長にこの件を伝えましたが、町長は不審に思っています。
さらに、鴫立庵の庵主交代に関する件ですが、これもなかなか解決しません。間に入った三宅藤兵衛は、大磯宿の名主の家柄で、かつて町会議員を務め、町の経済振興にも大きく関わった人物です。彼が解決に向けて動いたかのように見えましたが、どうも話がまた食い違ってしまっているようです。























更新日:2026年09月06日