大正14年12月22日
12月22日(火曜日)、午前8時10分出勤。
昨日、前宮代町長から、山中技手の支払いについて委託された。近いうちに、相談会を開き、決議する予定である。
本日、皇孫内親王殿下御生誕の奉祝の際、小学校生徒へ配布した菓子代金80円を三引屋へ支払った。
午後から震災救助金分配のため、各区長を役場に召集して各区長に渡した。各区長へは罹災救助金5,647円2銭の内金5,409円を分配し、残り238円2銭は後日脱漏者に分配する予定である。その他、多少利子があるので、全壊の被害を受けた者へ10円ずつ、半壊の者へ6円ずつ、その他当時の一般住民へ2円50銭ずつ分配するよう各区長へ渡した。
午後4時20分に退庁した。
解説
小見助役は、水道工事に携わった山中技手の支払いについて、前町長から引き継ぎを頼まれていました。近いうちに町会を開き相談をしなければなりません。
また、12月7日に行われた皇孫内親王殿下誕生を祝う会では、小学校の生徒たちにお祝いの菓子が配られました。今日はその菓子代の支払いをしたようです。助役日誌にもたびたび出てくる三引屋は、駅の近くにあり数年前に閉店した和菓子店です。
さらに、震災で大きな影響を受けた国民に対して、国から震災救助金が出ました。各区長から各家庭に配られました。大正14年の大磯町の世帯数は2,722世帯、分配金5,409円を各世帯に分けると、1世帯当たり約2円の支給となります。これでお米はどのくらい買えたのでしょう。当時は第一次世界大戦やシベリア出兵の影響で米価が高騰していました。大正14年のお米1俵(60キログラム)が18円40銭でしたので、約6.5キログラムしか買えません。家が全壊・半壊によって支給金が加算されましたが、そこまでたくさんの救助金ではなかったことが分かります。























更新日:2025年12月03日