大正14年11月3日
11月3日(火曜日)、午前8時30分出勤。
本日は、裁判所に毎月提出する届書の調製に従事した。
午後7時に、消防組頭後任者の梅田丑五郎氏に交渉委員の交渉をする予定である。
本日、中郡盲唖学校長・宮田寅治氏他1名が来場し、同校の補助金110円を受領された。
午後から小学校建築材料検査を施行した。
午後3時から消防組頭交渉委員を召集する予定だったが、不参のため流会した。
午後5時頃に退庁した。
解説
10月26日に、消防組頭を務めていた二宮氏が退任しました。二宮氏が推挙した後任者として、梅田丑五郎という人物の名前が挙がっているようですが、交渉はうまくいっていないようです。当時の消防組織は、警察の管轄下にあり、運営費用は自治体(町村)が負担しました。また、道具類を置く小屋はありましたが、消防署のような施設は無く、町内各地区に住民で組織された消防組があり、組頭がそれらを統括していました。重要な役割を持つ組頭ですので、早急に後任を決めたかったのでしょうが、委員会の召集すらうまくいかず、本日は流会となってしまいました。
また、「中郡盲唖学校」は、現在の「神奈川県立平塚盲学校」の前身です。明治43(1910)年「私立中郡盲人学校」として金目村に開校しましたが、関東大震災での校舎倒壊を経て、平塚新宿に移転しました。大正14(1925)年4月に聾話学校を併設しました。宮田寅治氏は、金目村出身で学校の創立に尽力した人物ですので、補助金の受領に来場したのでしょう。























更新日:2025年10月08日