大正11年8月21日

更新日:2022年08月21日

8月21日(月曜日)、午前7時35分出勤。

戸籍謄抄本事務に従事する。

午後3時10分退庁。

帰る途中、西小磯区長の添田氏と議員の渡辺氏と出会う。酔漢者3名が警察署に拘留処分を受け嘆願に向かうとの事、渡辺書記と共に同行し、一時的に役場で引き取り、帰宅させた。

同じ頃、化粧町にて伝染病の疑いありとの通話があり、渡辺書記と役場で待機し、衛生主任の長島書記・中西巡視といろいろと打ち合わせた。明朝、患者を入院させることについて警察署に問い合わせ、午後9時に報告があるはずだったが、午後7時半頃、入院を一時見合わせるとの通話があった。一同引揚げた。

今夜の弁当5本は日色へ注文。時に午後8時半となり、小生は帰宅した。他の者は9時過ぎに退庁した。

解説

役場閉庁後に伝染病(感染症)に関する連絡がありました。隔離舎への入院に備え緊急の対応が記載されています。隔離舎には管理人一家が常駐していたようですが、医師や看護婦などの詳細は記載がありません。

当時町の衛生の担当は警察署が行い、経費については役場負担でした。『大磯の今昔』9によれば、伝染病の流行で対策費は膨らむ一方でした。「伝染病隔離病舎費」は、大正9年の決算では3,262円53銭、大正10年の予算では957円40銭で、決算は4,331円91銭、さらに大正11年の予算では1,502円、決算は8,393円15銭、電灯架設費として435円計上され、前年の2倍近くになっていました。これは、予算総額の11.84%であったといいます。

『神奈川県史』によれば神奈川県町村長会で町村財政救済決議の協議事項の7番目に、市町村衛生費の補助率及び「費用標準」を増加することを、県当局に上申することが可決されています。

参考文献
  • 鈴木昇『大磯の今昔』9、p.59~62
  • 『神奈川県史』資料編(11)近代・現代1、p.667~668、245番

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