大正11年3月24日
3月24日(金曜日)、午前8時10分出勤。
戸籍謄抄本事務に従事する。
本日も渡辺書記と中西巡視は、中郡役所の統計講習会に参加する。
長島書記は山王町へ種痘検診に出張する。
午後1時30分、慰労会の準備のため早退。
解説
昭和51年(1976年)、日本では種痘は行われなくなり、WHOの天然痘根絶宣言が昭和55年(1980年)に出されました。
大磯に別荘があった元佐賀藩藩主の鍋島直大は、開明的で、天然痘の予防には牛痘の種痘が効果的だと知った父10代藩主鍋島直正によって、1849年(嘉永2年)8月、4歳の時に、佐賀城で種痘を受けました。この時に使われた痘苗(ワクチン)は、直正がオランダからとりよせるよう命じたものだそうです。その年11月、直正は江戸に参勤し、長女貢姫にも種痘を受けさせました。その後、佐賀藩の藩医によってもたらされた痘苗は分苗され、安政5年(1858年)に設置された、神田のお玉が池種痘所へとつながったそうです。
更新日:2022年03月24日