大正10年7月24日
7月24日(日曜日)、休日。
午前11時9分、淳宮殿下が大磯駅を御通過されたため、町長の代理として奉送する。
午後4時30分頃、蜷川博士の御子息が亡くなられ、会葬する。
午後6時30分帰宅。
解説
蜷川新(にながわ・あらた)法学博士の子息が亡くなりました。蜷川は、大磯町の西小磯、吉田茂邸の東側に別邸を持っていました。国際赤十字の設立に貢献し、後に、大磯小学校の敷地を広げる動きがあった時も、協力をあおがれました。蜷川の著書、『私の歩んだ道』によると、蜷川は明治6年に生まれ、生まれて7日目に、旗本だった父を亡くしています。
更新日:2021年07月24日