大正10年8月1日

更新日:2021年08月01日

8月1日(月曜日)、午前7時40分出勤。

本日は、戸籍謄抄本事務に忙殺された。

午後から藤田町長・渡辺書記・加藤収入役の3名は、須賀浦へ遊船会に出かけた。

午後1時退庁。

解説

小見助役は戸籍事務に追われていますが、町長・収入役・渡辺書記の3人は、遊船会に出かけました。須賀浦とは、現在の平塚市、相模川河口右岸の須賀港(平塚漁港)の沖あたりを指していると思われます。

100年前の当時は、河口周辺にあった須賀村と隣の馬入村が合併し、須馬村と呼ばれていました。相模湾に面し、相模川河口にある港は、古くから「須賀湊」(すかみなと)と呼ばれ、漁業だけでなく物流の拠点として水運業で栄えていました。当時は、鮎漁と宴会を楽しむ屋形船もあったようです。

昨年大正9年8月31日付けの日誌には、小見助役が町長の代理として須賀浦船遊会に参加した記録があります。これは、当日が大正天皇の誕生日で、祝賀として中郡連合分会が主催したものでしたが、今年は1か月早く、詳細も書かれていません。

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