大正9年4月16日
4月16日(金曜日)
午前8時36分大磯駅発にて出京。高木兼寛男爵ご逝去のため会葬した。御供物代として金5円を供え、午後11時に帰京した。
本日、田代技術員は、茨城県久慈郡へ転任した。
解説
高木兼寛は軍医で、東京慈恵会医科大学を創設しました。大磯に別荘を持っていたご縁で、小見助役が葬儀に参列しました。
田代技術員の辞職は、茨城県久慈郡への転任でした。大磯町に後任の技術員は来るのでしょうか。
4月16日(金曜日)
午前8時36分大磯駅発にて出京。高木兼寛男爵ご逝去のため会葬した。御供物代として金5円を供え、午後11時に帰京した。
本日、田代技術員は、茨城県久慈郡へ転任した。
高木兼寛は軍医で、東京慈恵会医科大学を創設しました。大磯に別荘を持っていたご縁で、小見助役が葬儀に参列しました。
田代技術員の辞職は、茨城県久慈郡への転任でした。大磯町に後任の技術員は来るのでしょうか。
更新日:2020年04月16日