大正9年5月2日
5月2日(日曜日)、休日。
午後7時から町会議員と区長全員を町役場に召集し、衆議院総選挙について中郡後任候補は小塩氏を推薦すること、並びに国勢調査について町長から説明があった。 この席上において奥山氏が、前校長の朝倉氏に対する謝恩会寄贈金の件と、15日頃謝恩会を行うことを申し出た。町長は承知された。午後12時散会。茶菓子代1円(三引屋)。
解説
この日は日曜日でしたが、夜7時から町会議員と区長全員を役場に集めて会議をしました。
衆議院議員選挙の投票日は10日。推薦された小塩氏とは小塩八郎右衛門のことで、相川村(現在の厚木市) の出身。相川村の収入役や村長を務めた後、1917年(大正6年)第13回衆議院議員総選挙で無所属で出馬し、当選。続いてのこの選挙でも立憲政友会所属で出馬し、見事当選しています。
国勢調査は、この年の10月1日に行われましたが、これが第1回で、国民に対し周知をはかるポスターが作られたり、切手が発行されたりしました。当時、国勢調査員になることは大変な名誉であり、実施後に発刊された「国勢調査記念録」は紳士録として活用され、本人には記念章(メダル)が授与されました。また、小見助役が日誌と共に残した雑書綴りには、調査日当日に旅館等に宿泊していた客に対しての調査票が残されています。
奥山氏は町会議員の奥山絢三。以前から検討されてきた朝倉前校長への謝恩の件が、いよいよ具体的になってきました。
重要な案件が多かったためでしょうか、終了したのは深夜12時。皆さん疲れた事でしょうね。
更新日:2020年05月02日