国登録文化財登録記念七賢堂特別開扉講演会を開催しました

更新日:2019年09月27日

今年3月に旧吉田茂邸庭園にある七賢堂・サンルーム・兜門が国の登録有形文化財に登録されました。                                                       今回はこれを記念し、県立大磯城山公園が主催する七賢堂の特別開扉にあわせて、講演会「「政界の奥座敷」大磯の別荘群からみた近代史―伊藤博文から吉田茂まで―」を開催しました。                                                  当日は、台風17号の影響もあり、開始前に豪雨に見舞われるなど、あいにくの天候となってしまいましたが、多くの方にご参加いただけました。

 

七賢堂は、実は大磯町ともゆかりの深い2人の人物、伊藤博文と吉田茂に関わりがあります。                                                      七賢堂は、もともと伊藤博文の別荘「滄浪閣」の敷地内にあったお堂です。明治36年、伊藤博文は明治の元勲であった岩倉具視・三条実美・大久保利通・木戸孝允をまつった「四賢堂」を建てました。現在まで残る七賢堂の建物はこの伊藤博文が建てたものです。明治42年に伊藤博文が亡くなったあと、伊藤の妻・梅子夫人が伊藤を合祀し、「五賢堂」と呼ばれるようになりました。                                                   ながらく滄浪閣の一角にあった「五賢堂」は、昭和35年、吉田茂によって吉田邸に移築されました。吉田邸に移ったのち、西園寺公望、そして吉田茂も合祀され、のちに「七賢堂」となりました。

 

今回はこの「七賢堂」にまつわる人物である伊藤博文、吉田茂のお話を中心に、「明治の奥座敷」と呼ばれた別荘地・大磯の特徴について講師の奈良岡聰智先生(京都大学公共政策大学院教授)にお話をうかがいました。

 

講演会では、伊藤博文や吉田茂が大磯に別荘を構えた経緯や、伊藤邸・吉田邸を訪れた政財界の人々などを当時の資料を交えながらご紹介いただきました。また、奈良岡先生からは、最後のまとめのなかで、大磯が日本の保守政治の大きな流れを俯瞰できる場所であり、七賢堂はその象徴的な存在であるというコメントをいただきました。

 

講演中熱心に聞き入っている参加者の方も多く、充実した講演会となりました。

講師奈良岡聰智氏
七賢堂特別開扉講演会の様子

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