大磯の虎女

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曽我十郎の恋人“虎”と大磯

大磯のトラは 一途に愛を貫いた・・・

曽我十郎の恋人“虎”と大磯

日本三大仇討ち事件 『曽我物語』に登場する実在の女性 時は 1193年5月28日、源頼朝主催による富士の裾野での巻狩の最中に敵討ち事件発生。曽我十郎祐成、五郎時致兄弟が父の敵工藤祐経を討つも、自らも富士の裾野の露と消えぬ。ご存知『曽我物語』。
大磯には曽我十郎より事前に敵討ちを打ち明けられていた唯一の女性、十郎への愛を生涯貫いた虎女の伝説に関わる地が多くあります。

虎女の出生・生い立ち

1175年(未年)、子に恵まれない長者夫婦(平塚の山下屋敷の長者とも言われている)が虎池弁財天にお願いしたところ、枕もとに石がおかれ、女児を授かりました。その女の子こそ「虎」。
虎はその容貌の美しさゆえに大磯宿の遊女の長、菊鶴にもらいうけられ、街道一の遊君としてその名を馳せました。
敵に関する情報収集のために大磯に通っていた曽我十郎との運命的な出会いは、虎十七歳の時。

生涯ただ一人、曽我十郎を愛し抜いた虎女

十郎が虎のもとに通い二人は愛を育みますが、出会いからわずか三年後、十郎は本望を遂げます。が、その場で新田忠常に切り殺され命を落としてしまいます。仇討事件後は、虎も事件への関与を疑われ源頼朝に召し出されて尋問を受けました。
虎は涙に明け暮れる日々を過ごしますが、箱根山において出家し、富士の裾野や熊野などの社寺を巡礼し、曽我兄弟一周忌の後には信濃の善光寺に参拝し彼らの骨を納めました。
虎女が十郎と過したのはわずか 3年という短い時間でしたが、64歳で亡くなるまで生涯を十郎の鎮魂に捧げ、十郎への愛を貫き通しました。『太山寺本』には「昔も今もかかる優しき(けなげな)女あらじ」と記され感銘を与え、後世の人々の心に刻まれました。

【虎女にまつわる伝説地】

虎女の伝説MAP(PDF:268.2KB)

一途に愛を貫いた虎女ゆかりの地&縁結び

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