釜口古墳

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石室

半地下式の切石積の横穴式石室。

石室は地表面下に造られていて、現在、封土 ( 盛土 ) は石室の天井石をわずかに覆う程度しかありません。巨大切石を乱層積みにし、奥壁と天井石には巨大な一枚石を用い、南側の羨門(せんもん) ( 入口部分 ) の左右には各1本の巨大な方柱状の切石を立てています。

石積の横穴式石室がほとんどをしめる相模の地区はもとより、神奈川県下においてもこの構造・規模はもっとも見事で珍しく、県の重要文化財に指定されています。

副葬品

昔から開口していたためにわずかしか残されていませんでしたが、須恵器・鉄鏃(鉄の矢じり)片・スプーン状の小形青銅品が発見されています。特に青銅製散蓮華形小匙を出土したことで広く知られており、相模においてこのような仏教関連の銅製品が発見された例は少なく、神奈川県の仏教伝播史における貴重な資料になっています。

時代

出土した小匙の中に 奈良興福寺金堂下及び法隆寺正倉院御物の中に類似品があり、奈良時代又はこれにきわめて近い時期のものと推定されています。 7世紀末とする説が一般的ですが、石室の規格から7世紀前半まで遡る考え方もあります。

名前の由来

江戸時代の末期にはすでに石室があけられていて、外観が釜の口に似ていることから「釜口古墳」と呼ばれたようです。また、源頼朝が富士の裾野に狩に行く途中、兵糧を炊いた釜だ という伝説もあります。

行き方:JR大磯駅より徒歩20分 高麗山ハイキングコース

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